1963年
 1967年
 1969年
 1971年
 1972年
 1975年
 1976年
 1976年
 余談
 1978年
 1978年
 1979年
 1979年

夢野カブの歴史 第2章


   余談

〜ちょっと余談〜
こんな苛酷な日々と並行して当時僕がはまっていたのがFMラジオだった。FM三重のとある音楽番組に毎週かかさず葉書を書いてリクエストしていた。(やはり♪疲れを知らない子供の様に〜だな、このころは)
単に番組で名前を読んでもらえる嬉しさが、一番だった。ちなみにペンネームは‘未確認非行人間タカヒロ’。FMレコパルという雑誌を買って最新音楽情報をチェックしてリクエストする、とにかく新譜は必ずかかり、葉書が読まれるからだ、もうジャンルとか洋楽、邦楽とかはどうでもよかった、そしてあとはその番組のアシスタントの女の子の声が大好きだったと言うのも大きな理由だった...
というもののそんな中でも着実に新しい音楽との遭遇があり、KISS,QUEEN,AEROSMITH等のバンドと会えたのもいわばラジオのおかげだった。
中でもKISSは人気があったったように思う。今想い出したが、1度だけ津市にあるそのラジオ局に遊びに行って放送を見学させてもらったこともあった。
このFMラジオを通じてフォークソングやビートルズに加え、それらのバンドやいろんなポップミュージックが好きになっていった。或る日このFMでAEROSMITHの『BOOTLEG LIVE』(これはアルバムタイトル)からMOTHER POPCORNやTRAIN KEPT ROLLIN’などの曲が流れていて、STEVEN TYLERのその声とハーモニカ(まだブルースハープなんて名称は知らなかった、あとジェイムス・ブラウンもヤードバーズも当然知らなかった、)にはとびきりかっちょいいーと興奮して名張市内にあるレコード屋にすぐに買いにいったのだが、田舎のレコード屋のババアは『注文になりますけど、、、2週間くらいかかりますよ』と不愛想な応対をするだけだった。
どこへ注文すればそんなに時間がかかるんだ、と思いつつも他に手立てもなくそうするよりなかったのだが...
そのせいであきらめたミュージシャンも数知れず。当時他にも2軒くらいレコード店があるにはあったが、電気屋の隅に申し訳程度につくられたコーナーにヒットチャートに昇ってる曲ばかりを置いてあるだけで、その在庫のすくなさ、特にロックときたら無にひとしかったのだ。

以後も田舎特有のこの悩みは解消されることなく続いた。(現在でも当時程でもないにしろ名張近郊に住む従姉妹のネーチャンは類似の悩みに苛まれている模様) そんなこんなで鮮烈なる、音楽との出会いはあった訳だが、まだまだそれがロックだとか言う意識などは希薄なもので、かたやテレビのザ・ベストテンを見てはぼんやりと自分が出演してる姿を想像して興奮していた時期でもあった...(きっと。)


次を読む >>

ホーム夢日記ライブ情報プロフィール正夢日記ペーバーライブ今夜歌くらい

携帯用サイトはこちら

競馬結果