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夢野カブの歴史 第2章


   1976年

1976年 9月
『転校してもバスケットをやるんだ!』と意気込んでいた坊主頭の僕に田舎のくせに髪の毛だけは長髪でいい中学から非常な現実をたたきつけられる。
なんとバスケット部存在せず。
。『うそじゃろー!』と倉敷の中学の半分にも満たないグラウンドを眺めるとサッカー部がほとんど仕切っていた。
(ちなみに野球部もない)なんだかすっかりやる気をなくしてしまう。 にもかかわらず長髪は長髪でも耳にかぶってはいけない田舎の中学の校則に、とにかくどこかに属し部活動をすることを命じられ、しかたなく転校してはじめて友達になった山崎くんの『楽だし、けっこうさぼれるで』と云う安易な口車に乗って(半ばなげやりな気持ちも手伝って)あっさりと柔道部に入部。
実際見学にいった練習は楽そうだったし、まぁ元来プロレラーになりたいなどとほざいていた時期もあった自分ではいたので少々の格闘への憧れがなきにしもあらずだったんだが....みごとにだまされる。

同年10月 天理大学柔道部出身のティラノザウルスのような体育教師赴任。
当然の様に顧問となり、もうそれはそれは凄まじくおそろしいシゴキが始まる。すぐにやめればいい話だったのだが、当時の汚れなき♂としてのプライドが途中で逃げ出すことを許さず、 事実ここからの1年半の春休みと夏休みは“柔の道”の犠牲となり消え失せる。

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